健康運動指導士 大 方 孝
平成17年より事業の準備段階から新潟県スイミングクラブ協会水中介護予防事業に係わらせて頂き、測定項目の選定や水中運動プログラムの開発や件SC協会の指導員へのプログラム指導などに11年間に亘り携わりましたのでその概要を報告します。
『新潟県スイミングクラブ協会(以下県SC協会)は一般社団法人日本スイミングクラブ協会に加盟する新潟県内26か所のスイミング・スポーツクラブで構成されている団体です。
県SC協会は、地域の高齢者の皆様 何歳になっても介護にたよらず、生き生きとした毎日を過ごしてもらいたいという願いから、平成18年に水中介護予防事業を立ち上げ、以来、水中運動指導者の養成、水中運動プログラムの開発、そして水中運動効果の実証に取り組んで参りました。
なかでも、水中運動の実証については、それまで漠然と「健康に良い」とされていたものを、身体組成・体力・主観的日常生活感の3つの側面から協会統一の指標を設け、水中運動実施前と実施後の変化を測定することで具体的な証拠(エビデンス)作りを目指しました。
このたび、事業開始後11年間で採取した340人の測定データから「高齢者にとって水中運動がどのように健康に良いか」が明らかになりましたので、ここに発表いたします。
なお、この県SC協会水中介護予防事業は新潟大学、新潟医療福祉大学の協力もいただき、民学協働事業として実施いたしました。』(測定結果報告書より抜粋)
1. 測定項目
水中運動開始前に、2回目は水中運動開始3カ月後に測定し、その後、年に2回の頻度で測定を継続しました。
(1)身体組成測定…①身長、②体重、③BMI
(2)体力測定…①握力、②ファンクショナルリーチ、③タイムアップ&ゴー、④開眼片足立ち、⑤長座位体前屈
(3)主観的日常生活感のアンケート調査…➀~④の項目を、下の1~5段階で評価した。
①食事・睡眠・精神的な変化
②体力・仕事・家事など活動の変化
③体の痛み・体調などの変化
④病院への通院の変化(それは何科ですか)
⒉ 水中運動による変化
(1)身体組成の変化(身長,体重,体脂肪率,BMI)
【結論】日常生活に水中運動実践を加えるだけでは,身体組成を変化させることは難しいけれど、肥満の方の身体組成改善に水中運動は有効である。
- 水中運動実践による身長,体重,体脂肪率,BMIの変化は認められませんでした.日常生活に水中運動実践を加えるだけでは,身体組成を変化させることは難しいと思われます.
- 水中運動実践は,体脂肪率31%,BMI25以上の人,言い換えると肥満の方の身体組成改善に有効であると考えられます.
(2)体力の変化(握力、ファンクショナルリーチ、T&G、開眼片足立ち、長座位体前屈)
【結論】水中運動により、総合的移動能力は1年間の継続で、静的バランス能力と柔軟性は3カ月間の継続で向上が見られる。また、3カ月・1年の期間に関わらず、すべての体力項目において水中運動開始前の体力レベルの低い方ほど水中運動の成果が得られやすい。
- 握力
3カ月・1年間の水中運動実践による握力の変化はみられませんでした.一方で水中運動実践前の握力レベルが低い人では運動実践による成果が得られやすいことも分かりました.具体的には,3カ月・1年間の期間にかかわらず,25.1kg以下の方では水中運動実践による握力強化が期待できる可能があります. - ファンクショナルリーチ
1年間の水中運動実践にかかわらず低下することが分かりました.一方で,水中運動実践前のファンクショナルリーチが低い人では運動実践による成果が得られやすいことも分かりました.具体的には,3カ月・1年間の期間にかかわらず,32cm以下の方では水中運動実践による動的バランス能力向上が期待できる可能があります.体を動かしているときにバランスの悪さを感じるような方には,水中運動実践がお薦めです. - タイムアップ&ゴー(Timed up & Go)
1年間の水中運動実践によって総合的な移動能力(立つ,座る,歩く)が改善することが分かりました.特に,水中運動実践前の総合的移動能力が低い人では運動実践による成果が得られやすいことも分かりました.具体的には,3カ月・1年間の期間にかかわらず,5.5秒より遅い方では水中運動実践による総合的移動能力の改善が期待できます.
総合的移動能力は,私たちの生活に欠かすことのできない能力です.同時に,体力の低下とともに真っ先に介助や介護が必要となる動作でもあります.1年以上,水中運動を実践することで総合的移動能力を高めることができます. - 開眼片足立
3カ月間の水中運動実践によって開眼片足立ちが改善することが分かりました.特に水中運動実践前のバランス能力の低い人では運動実践による成果が得られやすいことも分かりました.具体的には,3カ月・1年間の期間にかかわらず,開眼片足立ちを45秒以上続けることができない方では水中運動実践によるバランス能力の改善が期待できます.片足立ちは,転倒と関係があり,ロコモティブシンドロームを予防するための運動(=ロコトレ)の一つにもなっています.従って,水中運動実践は,転倒予防やロコモティブシンドローム予防効果が期待できます. - 長座位体前屈
3カ月間の水中運動実践によって長座位体前屈が改善することが分かりました.特に水中運動実践前の柔軟性の低い人では運動実践による成果が得られやすいことも分かりました.具体的には,3カ月・1年間の期間にかかわらず,長座位体前屈を37cm以下の方では水中運動実践による柔軟性の改善が期待できます.
体の柔らかさは,日常生活動作の範囲を広げることにつながります.また,腰痛や膝痛との関係も知られていますので,水中運動実践で柔軟性を高めることはみなさんの生活をサポートしてくれます.
(3)主観的日常生活の変化
【結論】水中運動は、食事・睡眠・精神の安定など日々明るく健康的な生活を送り、仕事・家事などの活動を難なくこなせる体力を維持・増進する効果があることが実証された。また、体の痛み・体調の改善効果も認められるが、運動の仕方によっては痛みが増すこともあるので注意を要する。さらに、病院への通院頻度にほとんど変化はないものの、2割の方は通院が減少した。
- 食事・睡眠・精神的な変化
半数の人が,3年間の水中運動実践によって「良くなった」と感じることが分かりました.3年以上継続している人でも4人に1人は,「良くなった」と感じているようです.
水中運動は,睡眠の質を高めることや活力を高めることが知られています.夜,ぐっすり眠りたい方や前向きな気持ちを取り戻したい方にお勧めです. - 体力・仕事・家事など活動の変化
4割の人が,1年間の水中運動実践によって「良くなった」と感じることが分かりました.3年以上継続することで,「良くなった」と感じる方は減少していきますが,4人に1人は引き続き,「良くなった」と感じているようです.水中運動実践が体力を高めることは広く知られています.実際に,私たちの調査においても移動能力の改善がみられるなど,日常生活に関与する体力の向上が認められました. - 体の痛み・体調などの変化
3割の人が,水中運動実践によって「良くなった」と感じることが分かりました.一方で,痛みが増したという人も1割程度いることも明らかになりました.水中運動の実践は,副交感神経の活動を促進し,痛みを緩和することが知られています.ただ,運動実践によって痛みが増す場合もありますので,注意が必要です.痛みを感じている方は,かかりつけ医と十分に相談をした上で,日常生活に水中運動を取り入れると良いかもしれません. - 病院への通院の変化
病院への通院については,8割の人で,「変わらない」ことが分かりました.一方で,2割の人で,「通院が減った」ようです.(測定結果報告書より抜粋)
⒊まとめ
県SC協介護予防事業では新潟県内8施設、340人の方に測定を実施した。参加者の平均年齢は67.7歳。成長期の子どもと違い、測定数値が持続的に向上することは少なく、そのためレッスンへの意欲が低下したり、測定に対して抵抗を示したりする方も多くおりましたが、この事業を通して学んだことは、高齢者にとって体力レベルを「維持」することは子どもの「向上」以上に難しく、かつ価値があるということ。
中には4年~6年の長期に渡り測定を続けてこられた方もおり、長期継続者の数値を追うと体力レベルはゆるやかに低下しているものの、ほぼ維持できていることが分かった。
何もしなければ急速に落ちていたであろう体力が、4年~6年間維持できていることは、様々な要因が重なっての結果であろうが、定期的な水中運動が大きく貢献しているということは確かなことだと考えられる。
健康寿命の延伸という観点からは、高齢者には、まずは老化という自然現象を受け入れ、その上で、長く水中運動を続けることで、例え体力は「向上」はしなくても、明るく健康的な生活を送られるレベルに「維持」できること、それが何よりも素晴らしく代えがたいことだ。ということを指導員は伝えていくべきであろう。
これからも、私たちの仕事が地域の健康づくり、生きがいづくりに貢献していることに誇りを持ち、水中運動指導に携わっていこうと思います。(測定結果報告書より引用改変)
新潟県スイミングクラブ協会
水中運動指導者一同
めざせ!!明るく楽しく 健康長寿
なるほど、なるほど。『心と身体の健康づくり』に水中運動は効果があるということがこの報告で明らかにされました。流石、米百票のお国柄。何よりも根気強く11年間も取り組み続けた県SC協会関係者や指導員の熱意にも頭が下がります。
このことから、健康長寿でありたいと願う方には、何よりも水中運動の実践がお奨め。
そうは言っても、自分一人ではなかなか運動を始められないし、まして運動を続けることはハードルが高いと思っている方には、健康運動指導士、アクアフィットネス指導員など専門指導員がいる運動施設で健康づくりに適した水中運動プログラムに参加することをお奨めします。
さらに、運動教室に参加するというような社会参加は、脳機能を活用し認知機能を維持することに役立つばかりでなく、身体活動量を増やし運動機能を維持することにも効果があります。
以上